夕端居

~マイペースな読書感想日記~

『人質の朗読会』 小川洋子

 

人質の朗読会 (中公文庫)

人質の朗読会 (中公文庫)

 

 

この小説は、登場人物も年代も違う、9つの短編で構成されています。

普通の短編集とちがうのは、その物語が人質たちによって語られているものだ、ということです。しかも、それは作り話などではなく、自分が実際に経験したこと、自分の人生の一場面として語られています。

 

それを分かった上で読んでいく物語たちは、どれも内容的には他愛のないものでありながら、圧倒的な切実さを含んでいます。

 

不思議だったのは、家族や友達、恋人との思い出話などを語っている人が一人もいなかったことです。それどころか、名前も知らないような人との些細なやり取り、というのが多いのです。

異国の地で人質となり、明日が来るかもわからないような状況の中で、なぜそんな話を、と部外者である私たちは思ってしまいますが、きっと本人にとってはとても大切なものなのでしょう。だからこそすごくリアルで、引き込まれます。

 

こういう状況にならなければ、きっと一生その人の中で眠っているだけだった物語たち。皮肉にも命と引き換えという形になってしまったわけですが、そこには静かな美しさが漂っているように感じられます。

 

この本を読んだ人であれば誰もが一度は考えてしまうことだと思いますが、私も例外なく、「自分がもしこの場にいたらどんな話をしただろうか」としばし思いを馳せました。

そういう意味では、自分の人生を見つめ直させてくれる小説でもあると思いました。